ヤロスラフ1世は1054年に没した。死に際してヤロスラフは、子供たちを重要な都市へ配して国家を安定させようと図ったが、かえって争いが頻発してしまった。また、ペチェネグ人に代わってポロヴェツ族が度々ルーシを攻撃した。こうしてキエフ大公の権威は低下し、諸公が自立傾向を強めることになった。
この傾向は1113年に大公となったウラジーミル2世モノマフとその子ムスチスラフ1世の時代にいったん食い止められる。ウラジーミルはポロヴェツとの戦いで戦果を上げ、キエフ大公国全体の統一を回復した。
しかし、1132年のムスチスラフの死後は再び諸公の争いが頻発し、キエフはリューリク家の血を引く諸公達の争奪戦の場所となって破壊されてしまった。十字軍遠征と、それによる地中海貿易の活発化でドニエプル川経由の交易が衰退し、内乱やポロヴェツとの度重なる戦争でキエフの街とキエフ地方は荒廃。人々は北東のノヴゴロドやモスクワなどへ移住していった。
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これによりルーシは完全に分裂し、北東ルーシのノヴゴロド公国、ウラジーミル・スーズダリ大公国や南西ルーシのハールィチ・ヴォルィーニ大公国などが割拠する時代に入ることになる。